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大阪高等裁判所 平成3年(ネ)1216号 判決 1992年1月28日

控訴人

芝田裕子

右訴訟代理人弁護士

小越芳保

滝澤功治

友廣隆宣

被控訴人

鶴甲コーポ一号館管理組合管理者

藤原昭三

右訴訟代理人弁護士

金野俊雄

主文

一  原判決を取り消す。

二  控訴人の本件訴えを却下する。

三  被控訴人の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じて、本訴について生じた分は控訴人の負担とし、反訴について生じた分は被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一控訴人

1  原判決を取消す。

2  平成元年一月二二日に開催された鶴甲コーポ一号館管理組合臨時総会(集会)における原判決別紙増築工事目録記載の増築工事を行うとの決議は無効であることを確認する。

3  被控訴人の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一争いのない事実等

1  当事者等

(一) 原判決別紙物件目録(二)記載の一棟の建物(以下「鶴甲一号館」という。)は、四〇戸の専有部分によって構成される区分所有建物であり、右建物の区分所有者全員は、鶴甲一号館並びにその敷地及び付属施設の管理を行うための団体として、鶴甲コーポ一号館管理組合(以下「本件管理組合」という。)を結成している。

(二) 控訴人は、前同物件目録(三)記載の専有部分を所有し、鶴甲一号館の共用部分及び敷地についてそれぞれ四〇分の一の共有部分を有する、本件管理組合の組合員である。

(三) 被控訴人は、前同物件目録記載(四)記載の専有部分を所有し、本件管理組合の組合員の地位を有する者であるが平成二年一二月二日開催の本件管理組合の定期総会において理事長に選任され、本件管理組合の管理者に就任した。

2  本件決議

本件管理組合の平成元年一月二二日開催の臨時総会において、次の内容を有する鶴甲一号館の増築に関する決議(以下「本件決議」という。)が、議決権者及び議決権の各四〇分の三八の賛成(控訴人及び訴外前野が反対)によってなされた<書証番号略>。

(一) 鶴甲一号館の南側敷地内に、本件管理組合の事業として、原判決別紙増築目録記載のとおりの増築を実施する。

(二) 右増築部分のうち、法定共用部分を除くその余の部分は、これに接続する各専有部分の所有者の所有に属するものとする。

(三) 右増築に関する費用は、各区分所有者が拠出負担する。

(四) 設計費、ボーリング費、その他共用部分登記料等共益的費用は、組合費から支出する。

3  増築工事の実施

(一) 本件決議に基づいて、増築工事が平成元年八月一二日に着工され、平成二年四月二四日ころ完成した(<書証番号略>、証人蓮池義寿)。

(二) 但し、控訴人の専有部分に接続する部分については、専有部分の工事は行われず、側面は外壁(但し、東面及び南面には壁パネルは設置されず、東南角の支柱のみが存する。)及び隣家との隔壁、上部は庇付陸屋根、下部は階下の増築部分の陸屋根のみが建築された。

二当事者双方の請求

控訴人は、本件決議が無効であることの確認を求め、被控訴人は、控訴人に対し、共用部分増築費用の四〇分の一である一九四万四一二五円の支払を求めた。

三争点

1  本訴の無効確認の利益について

(被控訴人)

本件決議に基づく増築工事は既に完了したから、右決議の無効確認を求める利益はない。

(控訴人)

控訴人は、本件決議に基づいて、本件管理組合から増築工事費用の分担を求められているばかりでなく、今後、本件増築部分についての維持管理費用や公租公課の増加による負担を求められるおそれがあり、さらに、本件決議の効力は、区分所有者の議決権の基礎となる専有部分の床面積割合にも影響を与えるものであるから、増築工事完成後であっても、本件決議の無効確認を求める利益がある。

2  本件決議の効力について

(控訴人)

控訴人は、本件決議は無効であると主張するが、その主張の内容は、原判決三枚目表一一行目から同四枚目裏末行までの記載と同一であるから、これを引用する(但し、同四枚目表九行目「壁パネルは」の次の「は」を削除する。)。

(被控訴人)

被控訴人は、本件決議は有効であると主張するが、その主張の内容は、原判決六枚目表六行目から同七枚目表六行目までの記載と同一であるから、これを引用する(但し、同六枚目裏二行目「専有部分」を「共用部分」と改め、同九行目「現区分」の次の「区分」を削除し、同一〇行目「廃する」を「排する」と改める。)。

3  共用部分増築費用の負担について

(被控訴人)

本件決議は、前記のとおり、少なくとも共用部分の変更について有効であり、控訴人は、本件管理組合の組合員として、本件決議に従い、共用部分工事費用の四〇分の一の負担の義務を負う。

(控訴人)

本件決議は無効であるから、右決議に基づいて行われた増築の費用について、これに反対した控訴人に費用負担の義務はない。

また、本件決議に基づいて増築された共用部分は、増築された専有部分の区分所有者のみの用に供される一部共用部分であり、控訴人は、増築専有部分を有しないから、右一部共有部分の工事費用の負担義務はない。

第三証拠<省略>

第四争点に対する判断

一区分所有者による専有部分の増築について

1 区分所有建物において、区分所有者が自己の専有部分の増築をするには、他の区分所有者との共有にかかる共用部分の変更を伴うのが通常であり、この場合には、共用部分の変更について建物の区分所有等に関する法律(以下「法」という。)一七条一項所定の要件を満たす集会の決議が必要であり、また、右共用部分の変更が特定の区分所有者の専有部分の使用に特別の影響を及ぼすときは、当該区分所有者の承諾を必要とする(法一七条二項)。専有部分の増築が敷地利用権の変更を伴う場合も同様である(法二一条による法一七条の準用)。

2 区分所有者が自己の専有部分の増築を行うことは、区分所有権に基づく区分所有者の固有の権能であり、専有部分の増築を行うかどうかは、区分所有者の自由な意思に委ねられる。したがって、一棟の区分所有建物の全ての専有部分の増築を共同の事業として行うには、区分所有者全員の同意が必要であり、区分所有者の大多数が法一七条一項所定の決議によって、全ての専有部分の増築を決定しても、自己の専有部分の増築を望まない区分所有者は、右決議によって専有部分の増築を行う義務を負うものではないと解するのが相当である。

二本件決議について

1 本件決議は、前記のとおり、各戸当たり一室の増築を目的とする鶴甲一号館南側の増築を管理組合の事業として行うことを内容とするものであるところ、右決議の趣旨が増築に反対する区分所有者の専有部分も含めて全専有部分の増築を実施する趣旨であるとするならば、前示のとおり、増築の意思を有しない区分所有者に対して増築を強制することはできないと解すべきであるから、右決議は、これに反対した控訴人に関する限り効力を有せず、控訴人は、自己の専有部分の増築を行う義務を負わないというべきである。

2  もっとも、前記争いのない事実及び証拠(<書証番号略>、証人蓮池義寿)によれば、本件決議がなされた平成元年一月二二日開催の管理組合総会においては、決議後も決議に反対した控訴人及び前野と本件管理組合の理事会との間でなお増築への参加について協議を続けることが確認され、実際に両名との協議が行われたこと、前野はその後増築賛成に転じたが、控訴人が増築反対の態度を変えず、増築に参加しないことが明らかとなったため、本件増築工事の実施に当たっては、控訴人の専有部分に接続する部分について設計を変更し、専有部分の工事は行わず、他の区分所有者の専有部分の増築に必要な範囲の屋根・柱等の共用部分の工事を行うにとどめたことが認められる。

右事実によれば、本件決議は、最終的に鶴甲一号館の区分所有者全員の賛成を得ることを前提として、増築の実施を決議したものであるが、右決議に基づいて実際に行われた本件増築工事は、増築に賛成した三九名の区分所有者の専有部分の増築のみを目的とするものであると認められるところ、本件決議は、右増築に必要な共用部分の変更及び敷地利用権の変更のための法一七条一項所定の議決の要件を満たすものであり、この意味において、有効な決議というべきである。

3  控訴人は、本件決議に基づく増築は、控訴人の専有部分の使用に特別の影響を及ぼすものであるから、控訴人の承諾を要すると主張する。

しかし、本件増築工事の結果、控訴人専有部分のうち、共用部分の工事が行われた部分の北側に位置する八畳洋室の日照、採光、眺望等が影響を受けたことは窺われる(<書証番号略>)ものの、控訴人主張のように居住環境を著しく悪化させたとまで認めるに足りる証拠はない(控訴人提出の<書証番号略>は、実際に行われた共用部分の工事と異なる工事内容を前提とするものであり、また、<書証番号略>は、本件増築工事の施工中で、増築部分全体が防護シートで覆われていた当時の写真であるから、いずれも本件増築工事による控訴人専有部分への影響を示すものとは認められない。)。かえって、増築が行われた他の区分所有者の専有部分では、増築部分の北側の居室の採光、日照が若干影響を受けるにとどまり、居室としての使用に大きな障害を生じていないことが認められ(<書証番号略>、証人蓮池義寿)、控訴人専有部分についても、使用への影響は同程度にとどまるものと推認される。

以上の事実によれば、本件増築工事は、控訴人の専有部分の使用に特別の影響を及ぼすものではないというべきであるから、控訴人の前記主張は失当である。

三本件決議の無効確認の利益について

1  決議無効確認の訴えは、過去の行為が無効であることの確認を求めるものであり、現在の権利ないし法律関係の確認を求めるものではないから、株式会社の総会決議無効確認の訴えのように明文の規定によって認められている場合を除いては、当然に訴えの利益を有するものではなく、当該決議が無効であるか否かを確認することが、右決議を基礎として発生する法律上の紛争を解決するための有効適切な手段であると認められる場合に限って、訴えの利益を有する適法な訴えとして認められるべきものである。

2  そこで、本件決議の無効確認の利益について検討する。

本件決議は、増築の実施、増築費用の負担等の内容を含むものであり、その効力については、前記二1、2及び後記四の判示に示されているように、決議全体について一律に有効無効を論ずることは適当ではなく、右決議を基礎として発生する個々の法律上の紛争ごとに、当該紛争の解決に必要な範囲で決議の趣旨及びその効力を判断すべきものである。また、本件決議を基礎として現在の権利ないし法律関係に関する紛争が既に発生し、訴訟の提起に至っていること、すなわち、被控訴人が本件反訴請求において控訴人に対して増築工事費用の一部負担を請求しており、また、控訴人が別訴において本件増築部分の撤去を請求していることは、当裁判所に明らかであり、特段の事情のない限り、現在の権利ないし法律関係を訴訟の対象(訴訟物)としている右各訴訟の方が本件決議の無効確認訴訟よりも有効適切な紛争解決の手段であると解すべきところ、右特段の事情を窺わせる証拠はない。

以上の点に照らすと、本件決議の無効確認の利益はなく、右確認を求める控訴人の本件訴えは不適法であるというべきである。

四反訴請求について

前示のとおり、本件増築工事は、控訴人を除く鶴甲一号館の区分所有者三九名が各自の専有部分の増築を目的として実施したものであり、右三九名の共同の事業というべきものであるから、右工事費用については、専有部分の工事費用はもちろん、専有部分の増築のために必要となる共用部分の工事費用についても、工事の実施者である右三九名において負担すべきは当然であり、増築工事費用を全区分所有者の負担とすることを内容とする本件決議がなされたからといって、右決議に基づく増築に参加しなかった控訴人に対してその負担を求めることはできないというべきである(なお、本件増築工事にかかる共用部分の今後の管理費用については、右共用部分が既存の鶴甲一号館の共用部分と一体となって、控訴人を含む区分所有者全員の共用に供されるものであるときは、区分所有者全員が本件増築後の各専有部分の床面積の割合に応じて負担することとなるが、管理費用の負担と増築工事費用の負担は別個の問題であり、増築工事費用の負担に関する右判断に影響を及ぼすものではない。)。

したがって、控訴人に対して本件増築工事のうち共用部分の工事費用の四〇分の一の負担を求める被控訴人の反訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当である。

五以上によれば、控訴人の本件訴えは不適法として却下すべきであり、被控訴人の反訴請求は、失当として棄却すべきである。したがって、これと結論を異にする原判決を取消して、控訴人の訴えを却下し、被控訴人の反訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田眞 裁判官福永政彦 裁判官山下郁夫)

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